大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和43年(ネ)250号 判決 1974年3月28日

控訴人 原田虎愛

被控訴人 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 上枝一雄

被控訴人 長沢修太郎

右両名訴訟代理人弁護士 堤千秋

右両名訴訟復代理人弁護士 堤克彦

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し連帯して金二五四万九〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一〇月一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は、次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する(なお、原判決六枚目裏五行目終りに「古」とあるを一字削る)。

(控訴人の陳述)

一  銀行が当座取引のない手形(以下、無取引手形と略称する)を不渡処分後において店頭現金決済することは、本来、違法不当な行為として許されないものである。その理由は次のとおりである。

(一)  手形の経済的価値は単に約定の手形金が約定の期日に支払われることだけに存するのではない。今日手形の取引は殆ど自己の取引銀行を通じてなされ、銀行は手形交換所に加盟している限り、必ず、そこでの交換に付さなければならないから、交換された手形の引落しが当座取引契約にもとづいてなされることは、当該振出名義人の手形が受取人にとって銀行の当座取引先としての信用力があると信じさせることを意味する。換言すれば、今日の手形取引は当座預金と交換制度の利用及びこれに対する信用を前提として成り立っているものである。

(二)  したがって銀行との当座取引がないのに、その銀行を支払場所に指定することは、いかにも信用のある手形を作り出すことにほかならないから、無取引手形が返却された時は「信用に関する不渡事由」に該当し、当座取引のある者が不渡手形を出した場合に比して手形交換所は厳しい措置をとっている。すなわち不渡届の手続に関して、当座取引手形の場合は「手形の返還を受けたる銀行は、所定の様式により翌営業日の交換開始時刻までに、その旨を当交換所に届出なければならない」(福岡手形交換所交換規則第二三条第一項)と規定し一応不渡手形について届出を強制しているが、同項但書で不渡手形の返還をうけた持出銀行に対し、支払義務者の信用に関するかどうかの認定と不渡届の提出をするか否かの権限を委ねている。これに反し、不渡返還事由が「取引なし」等の手形については、すべて持出銀行、支払銀行双方からの届出が強制され(同規則第二三条附帯決議1)、無取引不渡手形発行者に対する制裁措置の実効を期している。不渡処分の時期に関しても、当座取引手形の不渡返却があれば一応警告的措置が行われるが、無取引手形については即時不渡処分を行うことが義務づけられている(同規則第二三条第二項)。

(三)  無取引手形の不渡に対して、かかる致命的ともいうべき強い措置がとられる理由は当座取引契約がない銀行を支払場所に指定し、いかにも信用ある手形の外観をそなえるような悪質な手形を信用取引の場である手形交換所から締め出そうということにほかならない。したがって、かかる不渡処分者の振出した手形は交換呈示を禁止された手形にほかならないから、交換方は本来手形交換の段階で右手形を受入れることはできないものである。ただ、交換手形が多量であり、迅速な事務処理の要請される手形交換所に個々の手形の内容を吟味する時間的余裕がない実情のもとにおいては、右の如き手形が事実として交換されることがあるのは止むを得ないとしても、決してこれを是認するものではない。現に地方の交換所においては右建前にのっとって交換方は不渡処分者の振出した手形を受入れずして、直ちに持出銀行へ返還することを認めているところが多いのである。この場合の手形の権利保全は(総一手形用紙制度実施前)直接支払銀行窓口で付箋を求めてなされている。このように不渡処分者振出の手形が事実として交換呈示されることがあっても、これは手形交換の多量、迅速性から止むなく生じた現象であって右手形につき支払の機会を与えるためのものではない。若し交換所において右手形を見落して受入れた支払銀行は、いかなる形式方法によっても支払うことはできず、店頭返還または逆交換措置により右手形を持出銀行に返還すべきものである。

(四)  以上のことは次のことからも裏付けられる。

(1) 不渡処分者振出の手形が交換に廻された場合受入れた支払銀行での現金決済が交換規則上認められているとすると、右手形金の支払がなければ再度不渡処分の宣告をせねばならない。本件についていえば、昭和三七年六月二五日支払日の手形は同月二八日不渡処分をうけたが、同月二八日支払日の手形は同じく支払がないのであるから再度不渡処分を受けることになるが、不渡処分による三年間の取引停止期間中に同一人物が二回不渡処分をうけることは交換規則の予定しないところであるし、また、その例も全くない。

(2) 当座取引を解約したものが振出した手形が交換にかかることがあるが、それが合意解除の場合に限って銀行は取引先から解約差入書を提出して貰い、解約前に振出した手形について明細書の提出を求め、この金額を別段預金に留保して引落しの便宜を計っているのが通例である。これは取引先の不渡処分による強制解約の場合銀行が右の如き便宜的措置を認めていないことを意味するが、その前提には、そもそも不渡処分による強制解約前の振出にかかる手形は交換呈示を禁止されるという理が存するのである。

(五)  被控訴人らは当座取引なしの現金決済が実務として行われているというが、これには不渡処分後の手形の場合は含まれないのである。本件ク、マ、サの各手形の付箋に記載された不渡事由の文字は他が不動文字とゴム印の使用であるのに「処分済」だけを括弧で囲んでペン書されていることは恣意に違法な事務処理をなしている結果のあらわれである。当座取引の合意解約の場合解約前に振出した手形の現金決済をするときには振出人との間に前示の如き所定の手続をとっているのに比して、被控訴銀行は無取引手形の不渡処分後の手形に対し違法な現金決済を行っただけでなく、その決済の仕方は振出名義に偽造の疑があっても機械的に決済するというように杜撰で無責任なものである。被控訴銀行は支払銀行が現金決済の労をとることは取立人の利益になるというが、かかる措置は取立人に手形が信用力あるものと誤信させ、ひいては取引詐欺、偽造等の手段に供することを容易ならしめ、結果として、これらに加担することになり許されないところである。したがって、また、昭和三七年当時(統一手形用紙制度施行前)店頭買戻が不渡処分の前後を問わず広く慣行として全国的に行われたような事実は存しない。

二  以上のとおりで本件無取引手形の振出名義人は昭和三七年六月二八日に不渡処分を受けているので被控訴銀行においては同年七月三日交換に付された控訴人の取立手形(別紙手形一覧ソ、ツの手形)に対する現金決済を拒否し、直ちに、これを持出銀行である筑邦銀行及び協和銀行に返還すべきであり、しかも即日返還が可能であったにもかかわらず、且つ、右手形の現金決済をすれば振出名義人の手形に対して信用を与え、控訴人に不測の損害を蒙らせることが当然予見されるにもかかわらず、返還せずして敢えて違法な現金決済を行ったため、控訴人をして本件振出名義人の手形に経済的価値があるものと誤信させるにいたった。そのため既述の如く(原判決事実摘示欄、請求原因四参照)総額金二五四万九〇〇〇円にのぼる損害を控訴人に蒙らしめるにいたったものである。とくに前記違法な現金決済のなされた日以降に、控訴人は訴外有限会社小畑製材所に対し、別紙手形一覧記載のミ、メ二通の手形合計金四〇万円とユの手形金二〇万円のうち金一〇万円の合計金五〇万円を昭和三七年七月三日に、ユの手形残金一〇万円を同月二五日に、次にシ、ヱ、ヒ三通の手形金合計金五二万九〇〇〇円を同年八月一日にそれぞれ貸付け、さらに別紙貸金一覧(三)、(四)の如く計金五九万円にのぼる貸付をなした。したがって違法な現金決済により蒙った直接的損害としての右合計金一七一万九〇〇〇円は少くとも賠償さるべきものである。

三  仮りに前叙の如き店頭現金決済がそれだけで直ちに違法だとはいえないとしても、既に述べたとおり(原判決事実摘示欄、請求原因三、五参照)控訴人は被控訴人らの過失により損害を蒙ったから、これが賠償を求めるものである。

≪中略≫

(被控訴代理人の陳述)

一(一)  統一手形用紙制度は昭和四三年七月以降完全実施されたが、この制度は手形の不渡を防止するため銀行を支払場所とする手形には、すべて銀行との間に当座勘定取引をなさしめて銀行交付の手形用紙のみを使用せしめるとともに不渡に対する処分を強化したものであり、これによって無取引手形の発行も店頭買戻も起り得ないことになった。しかし右制度実施以前は、不渡処分の前後を問わず、無取引手形も手形金を店頭に持参して振出人が依頼すれば通常手形引落がなされていたものである。なぜなら支払銀行としては、振出人から手形金支払の依頼があれば、これを拒絶する理由はないからである。なお、控訴人は本件手形は偽造手形であるというが、被控訴銀行は支払銀行として偽造手形か否かを確認する責任はなく、手形要件に欠けるところのない手形であれば通常の処理をなすべきは当然のことである。控訴人は前に有限会社コオノ綜合広告社、河野秀郎振出に係る約束手形を受領しているのであるから、かえって本件手形についての調査の責任は控訴人にこそあるといわねばならない。

(二)  控訴人は昭和三七年七月三日交換に付された別紙手形一覧記載の(ソ)の手形(額面金二〇万円、満期前同日の手形。なお、控訴人主張の(ツ)の手形について支払呈示をうけた事実はない)について被控訴銀行は現金決済を拒否して持出銀行に返還すべきであったと主張するが、右手形は不渡処分前発行されていたもので被控訴銀行としては現金決済を拒否すべき実質的理由もなく、もとより控訴人に損害を蒙らせる意思などある筈がない。また、取立銀行である協和銀行としても右手形の呈示の際には既に手形振出人である有限会社コオノ広告社が不渡処分をうけていることは知っていた筈であるが、手形金請求権保全のために支払呈示をなす必要があったものである。

(三)  したがって被控訴銀行の故意ないし過失により損害を蒙ったとする控訴人の本訴請求は既にその前提において失当であるといわねばならない。

≪以下事実省略≫

理由

一  被控訴会社が肩書住所に本店を置き銀行業務を営んでいること、被控訴人長沢修太郎が被控訴銀行の福岡支店長として同支店の従業員を監督すべき地位にあったことは当事者間に争がない。

二  そこで被控訴人らに控訴人主張の如き損害賠償の義務があるか否かについて判断するにさきだち、まず、本件をめぐる事実関係から検討する。

ところで昭和三七年六月二九日頃被控訴銀行福岡支店の行員溝渕芳明が有限会社コオノ広告社代表者河野秀之助を訪問し、たまたま河野秀郎と逢い、有限会社コオノ広告社代表取締役河野秀之助振出の約束手形が同人と関係のないことを関知したこと、有限会社コオノ広告社代表取締役河野秀之助振出名義の手形が昭和三七年六月二八日取引停止処分をうけたこと及び別紙手形一覧記載の(ソ)の手形(支払年月日昭和三七年七月三日)が被控訴銀行福岡支店において決済されたことは当事者間に争いがない。

以上の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  有限会社コオノ綜合広告社(代表者河野秀郎)は昭和三六年頃から昭和三七年にかけて有限会社小畑製材所(代表者小畑和男)に木箱を注文し、代金は現金或いは手形で支払ってきたが、手形の支払場所は大部分株式会社第一銀行渡辺通支店を指定していた。他方、控訴人は有限会社小畑製作所に対して、前記売掛代金受領の委任状を徴したり、或いはコオノ綜合広告社振出の手形を割引くなどの方法により融資を行ってきたものである。たとえば(イ)、福岡市高田町八番地の一、有限会社コオノ綜合広告社、代表取締役河野秀郎名義で前記小畑製材所宛振出された額面金二〇万円、支払期日昭和三七年三月二二日、振出地、支払地ともに福岡市、支払場所株式会社第一銀行渡辺通支店なる約束手形一通は右の如くして控訴人に裏書譲渡され期日に決済されているし、(ロ)、また、控訴人は有限会社小畑製材所に対し別紙貸金一覧記載のとおり昭和三七年六月二九日から同年八月二日までの間合計金一四二万円を貸付けているが、小畑製材所は前記の如くコオノ綜合広告社に対する売掛代金の受領を控訴人に委任し、右貸付金の返済に充てることを約するなどしている。

(二)  ところが有限会社小畑製材所の代表者小畑和男の子で同会社の専務取締役として会社の経営を殆ど切り廻していた小畑博は金融に窮した末、昭和三七年初め頃から振出名義人を「福岡市清水町二二一、有限会社コオノ広告社代表取締役河野秀之助」、支払場所を被控訴銀行福岡支店、裏書人を小畑製材所小畑和男とする約束手形二〇通位を勝手に順次作成し、これを控訴人に持参して金融を求めた。控訴人は右手形の振出人を前記コオノ綜合広告社と誤認して右手形を割引し、表面上の裏書名義人を白石朝雄として、主に株式会社筑邦銀行細工町支店を通じて取立委任した。そして右手形は支払期日昭和三七年四月三日分から同年六月一二日分までの関係は被控訴銀行において大体順調に決済されてきた。もともと右各手形の振出名義人である「有限会社コオノ広告社」とは実在しない法人であり、支払場所が被控訴銀行福岡支店に指定されていたとはいえ当座取引があるわけでもなかったが、小畑博は手形振出の際三、四ヶ月先の入金を目途に振出人と称して被控訴銀行福岡支店に現金を持参し、いわゆる店頭買戻しの方法をとることを予定して振出し、そのような方法で決済してきたものである。

(三)  かくするうち別紙手形一覧記載のヲ、ワ手形(支払期日昭和三七年六月二五日)及びヨ、タ、レ手形(支払期日同月二八日)等について振出人の来行がなく決済ができなかったので被控訴銀行福岡支店の行員溝渕芳明が前記の如く同年六月二九日頃有限会社コオノ綜合広告社代表取締役河野秀郎を訪問し、同人から右手形は同会社と類似の社名、代表者名をもって振出されているが、同会社とは関係がない旨言明されて、被控訴銀行福岡支店では前記各手形を不渡手形として支払を拒絶し取立銀行に返却するとともに不渡届を手形交換所に提出したので「有限会社コオノ広告社、代表取締役河野秀之助」は同月二八日付で取引停止処分に付された。その後被控訴銀行においては右以上に格別の調査をしないでいるうちに別紙手形一覧記載ソ、ツ(支払期日同年七月三日)及びネ(支払期日同月一二日)等の各手形が被控訴銀行福岡支店に支払のため呈示され、これらの手形については前同様振出人と称して小畑博が来行し店頭買戻しの方法により現金で決済されたが、控訴人が損害をうけたと主張する別紙手形一覧記載のユないしヒの手形六通額面合計金一一二万九〇〇〇円については支払のため呈示がなされていない。

(四)  ところで昭和三七年当時においては銀行と当座取引のない振出人が銀行を支払場所として手形を振出した場合に振出人が店頭で現金と引換えに決済するいわゆる店頭買戻しが不渡処分の前後を問わず広く全国的に慣行として行われており、この場合支払銀行としては何らの利得はないが、手形の支払人ならびに所持人の便宜を考慮し専らサービス業務として行ってきたものである。ところが、かような店頭買戻しは種種の信用障害を生ずるので昭和四一年一二月統一手形用紙制度が発足し第一期、第二期の経過期間を経て昭和四三年七月一日の完全実施以後は店頭買戻しは一切認められなくなった。けだし右制度は手形交換所加盟の金融機関があらかじめ自行を支払場所に指定した手形用紙を印刷し、これを当座取引先に交付し、それ以外の用紙による手形の交換呈示をみとめないもので、当座取引のない者の振出した手形はすべて「取引なし」として不渡返却されることになったからである。

以上の事実が認められ、他に右認定を動かすに足りる確たる証拠は存しない。

三  それで、以下、控訴人の主張について判断する。

(一)  控訴人は、まず、今日の手形取引は当座預金と交換制度の利用及びこれに対する信用を前提として成立しているものであるから、当座取引がないのに銀行を支払場所に指定することは、いかにも信用のある手形をつくり出すことにほかならず、かかる無取引手形に対しては手形交換所規則をもって取引停止処分の厳重な制裁が科されており、一旦取引停止処分がなされたのちに同一人振出の無取引手形をいわゆる店頭買戻しの方法で現金決済することは統一手形用紙制度施行の前後を問わず、本来違法な行為であって、控訴人は被控訴人らが右の如き違法行為を敢えてしたため、これを信用して貸付をなし損害を蒙ったものであると主張する。たしかに現在の手形取引(とくに約束手形取引が一般である)の大部分が銀行の当座取引と交換制度の利用、これに対する信用を前提として成立している現象を否定することはできないが、約束手形は、小切手とは異り、もともと支払期日に額面金額を支払うという振出人の支払約束を本質とするものであるから、特段の事情のない限り支払期日に決済されることが本来予定されているものであり、これを前提として流通に置かれるものである。一方、手形の交換とは一定地域内にある多数の銀行その他の金融機関が相互に取立てるべき手形、小切手類を手形交換所に持寄って交換し、その差額だけを授受して支払を済ませ、もって大量の決済手形等を簡易、安全且つ迅速に決済すべく歴史的に発展、整備されてきた制度であり、そのため信用取引の健全な発達を計る意味から手形交換所加盟金融機関の総意をもって自治規則としての交換規制を定めて加盟金融機関を規制し、それには控訴人の主張するように取引停止処分の制裁措置などが規定されてはいるが、交換規則それ自体は現在の統一手形用紙制度採用にいたるまでの沿革が示すように、加盟金融機関に対する規制を通じて信用取引の円滑な発展を計るところに、その趣旨が置かれているもので、これに違反すれば規律違反としての制裁をうけることのあるは格別、期日に支払われることを予定する手形本来の決済とは直ちに必然的関連性はない。換言すれば交換規則に違反したが故に要件に欠けるところのない手形の決済が違法となるわけのものではない。他方、無取引手形は外観上いかにも信用ある手形の如くみえ、種々の信用障害発生の礎地をなすもので好ましくないとしても、支払場所として指定された金融機関の意思とは無関係に発生するもので、これを排除する制度的保障(例えば統一手形用紙制度の如き)のない限り、その流通を否定するわけにはいかず、期日に決済を予定している手形本来の使命から、さきに認定した如く、従前は手形の所持人、支払人双方の利益を計るべく金融機関のサービス業務の一環として取引停止処分の前後を問わず店頭現金決済の慣行が広く全国的に行われてきたものである。したがって取引停止処分後の無取引手形の店頭現金決済が時に規律違反のそしりをうけることがあるとしても、これをもって本来違法な行為というわけにはいかないものである。控訴人の、この点の主張は前提において採用できない。

(二)  控訴人は、次に、被控訴銀行においては昭和三七年六月二五日、同月二八日を支払期日とする手形が不渡となったため、福岡支店の行員が同月二九日頃手形の振出名義人である有限会社コオノ広告社代表取締役河野秀之助を訪問し、その際河野より右手形がいずれも偽造されたものであることを知らされ、有限会社コオノ広告社名義の手形の現金引換えを行えば手形を信頼して取引した手形所持人が不測の損害を蒙るかも知れないことを予見し得たので、以後右手形につき現金引換えを行うべきでなく、若しその要求があれば手形の成立の真偽につき充分調査のうえ、その要求に応ずるか否かを決し、これを取立銀行に通知して取立委任者が不測の損害を蒙るのを防止すべき注意義務があるのに、これを怠り慢然店頭現金決済に応じた過失により控訴人は総額二五四万九〇〇〇円に及ぶ損失を蒙った旨主張する。昭和三七年当時には取引停止処分の前後を問わず無取引手形の店頭現金決済は銀行のサービス業務の一環として広く全国的に慣行として行われ、これをもって違法とはなし得ないこと既に説明したとおりである。そして昭和三七年六月二九日頃被控訴銀行福岡支店の行員が有限会社コオノ綜合広告社代表者河野秀郎を訪れ、別紙手形一覧記載の各手形が同社の振出にかかるものではないと知ったとしても、控訴人が店頭現金決済を非難する同手形一覧記載ソ、ツの手形は既に割引かれて取立に廻る直前であり、前記コオノ綜合広告社と取引のない被控訴銀行としては同社振出の真正な手形との対照、手形振出の経緯について充分な調査をなすことは時間的にも困難であるし、もともと自己の意思とは無関係に支払場所に指定されたに過ぎない被控訴銀行としてはサービス業務の一環として前記の如く店頭現金決済をする以上にそのような調査の義務や調査の結果を取立銀行を通じて控訴人に通知すべき義務が存するとは解せられない。このことは前記手形取引において控訴人の払うべかりし注意義務(過失)と対比すれば一層明らかになるといわねばならない。すなわち控訴人は訴外有限会社小畑製材所に対し昭和三六年頃から有限会社コオノ綜合広告社振出の手形を割引いたり、又は売掛金受領の委任状を徴したりして金融をなし、別紙手形一覧記載の各手形取引以前から前記小畑製材所及びその取引先である有限会社コオノ綜合広告社の資産、信用状態は知っている筈であること、さきに認定したところから明らかである。ところで右各手形は有限会社コオノ広告社なる実在しない会社名義で振出されているにかかわらず、控訴人がその点を看過し、従来その手形を割引いて決済をうけたことのある有限会社コオノ綜合広告社によって振出されたものと誤認して受取っているのであるから、たまたま無関係に支払場所に指定されたのち、有限会社コオノ綜合広告社代表者河野秀郎から同社と関係のない手形である旨を言明されたからといっても、慣行にしたがって手形の店頭現金決済をしている被控訴会社に比べ、取引当事者として当然につくすべき注意を払わず手形の振出人を誤認して融資を行った控訴人に責むべき過失の存することは多言を用いるまでもないところである。

以上の次第で控訴人の本訴請求は損害額の検討に立入るまでもなく、既にその前提において失当として排斥を免れない。

四  よって右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則り、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 麻上正信 篠原曜彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例